自分の仕事を見つけるということ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

皆さんはいまの仕事が「自分にとって最良の仕事である」と断言することができるだろうか。そもそも「最良な仕事ってどうやって判断するの?」という疑問が湧くかもしれない。
当然のことながら、人によって「最良な仕事」の条件は違うので、「こうあるべきだ」と言えるものではない。しかし、より人生を楽しくためには、仕事を充実させることが不可欠になるだろう。
今回は「自分の仕事を見つける」ということについて考えていく。

deskwork

最近、時代の変化に即した新しい働き方に注目が集まっている。特に最近は環境が充実してきたことで、小さい資本で起業したり、フリーで活動したりと、アイデアさえあればそれを実行に移すことが容易になってきている。
しかし、焦点が当たりがちな「働き方」自体は手段に過ぎず、何を自分の仕事にしていきたいのか、仕事を通して何を実現していきたいのかが重要で、その上でどのような仕事や働き方が最適であるかを考えていくべきである。

常識を疑え!いまの自分の世界を疑ってみる

「自分の仕事」をさぐる上で、まず考えたいことは、自分の中にある「常識」を疑ってみることだ。いきなりそんなことを言い出す理由は、これが私にとって重要なことだったからだ。
「自分が本当にやりたいことはなんだろうか」という質問を自分にする前に、まずはあらゆる「常識」を取り除いてみることを、まずはおすすめしたい。
様々な世代の価値観や考え方のもと「常識」は構築されるが、それが自分にとって様々な判断基準になっていると思う。しかし、時代が激しく移り変わる現代においては、先人が構築した「常識」が必ずしも正しいとは限らないという局面によく遭遇するようになったと私は感じている。
「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクション」。これはアインシュタインが残した言葉だが、常識も紐解いてみたら偏見の集まりなのかもしれないという疑問を与えてくれるものだ。
また、「常識」というのは、「家族の中の常識」「会社の中の常識」など、自分が所属するグループによって異なり、いつの間にか「自分の中の常識」が構築される。
もちろん、普遍的で100年以上も通用する考え方もあれば、1年で通用しなくなる考え方もある。ほとんどの「常識」は正しいのかもしれない。しかし、常識的な考え方だからといって何もそこから考えなくなってしまうと、自分に最適な答えは見つからなくなってしまわないだろうか。
自分が勤めている会社での「常識」は、他社では「非常識」であることはままある話だ。会社が評価するポイントも世間一般では非常識であるかもしれないし、その常識のなかでは自分の能力が発揮できないということもあるかもしれない。
会社で結果を出しているのに信じられないほど評価されない人もいれば、逆になぜか評価されて重宝されている人もいるかも知れない。
会社の評価基準に沿って働くことは大事なことではあるが、それが自分のキャリア形成においてプラスになる仕事になっているかどうかはよく考える必要がある。
「自分の仕事」を探す上で、障害になる誤った常識を身につけたままに増幅しない為には、会社外の友人と交流を持つようにすることだ、自分が普段触れている世界と異なる人の話を聴くことは、自分のバランス感覚を保つためにも有効な手段となる。

「自分の仕事」=「自分のやりたいこと」

職業なんてものは千差万別。その中で「自分の仕事」を見つけることは、とても難しいことと感じるかもしれない。しかし、こればかりは自分自身で見つけ出すしかない。
一般的には大学や高校を卒業したら、そのタイミングでどこかの企業に務めることになる。しかも、大企業に就職するほど良いとされ、本人が「何をやりたいか」ということを論点として語らることは少ない。
「大企業に入っていくほど将来は安心」「転職する際にも有利」といった感じで、「とりあえず入っておけ」感が半端ない。
立川談志さんがこんな言葉を残している。

何の職業でもいいのだけれど、そうなれる資格、レベルに自分をもっていく道筋がどうもあやふや。好きなことをやり、それで食えるようになりたい、だからそこに向かって賢明になるはずが、現代はアルバイトで食えてしまう。それは楽なごまかしになっていくのではないだろうか。

確かにいまは仕事を選ばなければ十分生活できるほどのお金を得ることは難しくない。これが自分を安易に満足させる要因になっており。「自分の仕事をみつける」という行為から遠ざけているのかもしれない。仕事に情熱を注がなくてもお金は十分にもらえてしまうという側面もあるだろう。
「自分の仕事」=「自分のやりたいこと」であることをまずは思い出して欲しい。

仕事はお金のため?

現在、一般的に「仕事=お金を対価としてもらうもの」としか考えられないことが多いと思う。
これが少し発展すると「仕事はお金のためにやってるのであって、やりたいからやってるのではない」という考え方になることもある。なので、仕事を選ぶ基準が給料になってしまうこともあるのだ。
しかし、このスタンスはやはりあまり幸せでないように思う。
私が一番陥りたくないスパイラルがある。
「激務をこなす」→「ストレスがたまる」→「ストレス解消に高いサービスや物を購入する」→ 「そのお金を稼ぐために激務に励む」
仕事で溜まったストレスを、お金を使って解消することを繰り返す行為。果たしてこれは健全なのだろうか?はっきりいって何のために働いているかわからない。
もしかしたら、ストレスの原因をとりのぞけば、いま必要と思っているほどの稼ぎは必要ないのかもしれない。
お金をもらうことが重要なのではない。働くことによって自分の生活が豊かになるのかが重要なのだ。

自分が実現したいことのために働き方を選択する

自分がやりたいことは何か。やりたいことがなければ探し続けるべきだし、やりたいことがあるのであれば、「いますべきことは何か?」「どうやったら実現できるか?」を探して考え抜くことが大事だ。
例えば絵を書くことを仕事にしたい人が「絵を書くだけじゃ大半の人はお金を稼げない」と考えてあきらめているかもしれない。しかし、一定のニーズが見込める市場を自分で作ることができれば、絵を仕事にすることができるかもしれない。一般的には困難かもしれないが、自分のアイデアで自分のやりたいことを仕事として成立させることができるかもしれない。
当然ながら、市場のニーズと自分のやりたいことが一致しない限り、独りよがりになってしまう。なので、「やりたいこと=市場のニーズ」が一致することを探し続けて、なければ自分で作ってしまうという意気込みも必要だ。物事を単純に考えないで、実現する方法がないかを探し続けることが重要だ。
この時点で、会社に所属して働くことが良いのか、フリーとしてやるのが良いのかなど、はじめて働き方を考慮することになる。

好きこそものの上手なれ

よく「好きなことを仕事にするのは困難」ということが話題にのぼる。私の考えでは「本当に困難なのだろうか?」と疑ってみることが大切だと思う。多くの場合、考え出す前から諦めてしまっていると思う。
「人より努力せずに人より秀でようとすることは、自分がもともと人より優れているというおごりである。」
人よりも秀でることは、当然ながら努力が欠かせないものである。それは好きなことを仕事にする上でも、避けられないものだ。
しかし、好きなものであれば、好きでやっているわけではない人に比べて、アドバンテージを持てることは間違いない。
好きであるということは、それだけで強みになる。さらには「自分が実現したいこと」があるのであれば、それに傾けられる原動力は大きなものになるはずだ。
もし、「自分の仕事」がまだ見つけられていないとしたら、考えをリセットしてから探し始めてみることを試してほしい。
そして、それを実行するために「いまできること」を考えてみてほしい。
インドのことわざにこのような言葉がある。
「必要な段階に到った時、師は必ず現れる。」
まずはステージに乗ることが重要だ。
Photo by ianmunroe on Flickr

share post to:
Author
Web制作会社にデザイナー、ディレクターとして従事後、フリーを経て、現在は株式会社プレイドに所属。