私がテレビを見なくなった4つの理由

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ここのところ「なぜ若者はテレビを見なくなったのか」という話が、よく話題にのぼる。先日もラジオで博多大吉さんが語った「今の20代がテレビを観なくなったワケ」という話が話題になった。
というわけで、今回は自分がテレビを見なくなった理由を考えてみた。
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まず前提として、私の歳は30半ばなので全く若者ではない。でもテレビはほとんど見ていない。録画してみるということもなく、ほんとにテレビを見ていないという感じだ。妻がテレビを見ているのを一緒に見ることがあるというぐらいで、自分から見るということはほとんどない。
今回の話は、ドラマ以外の番組を指すものが多いと思う。なぜなら、ドラマはコンテンツとして独立した面が大きいのでちょっと「テレビを見なくなった理由」として考えるのは難しいからだ。
では、4つの理由を説明していく。ちなみに、正月に久しぶりにテレビをちょこちょこ見たので、そこで考えたことが多い。

1. 内容を引き伸ばしすぎてる

まず一つ目。簡単に言ってしまえば「内容が薄い」という話だ。もちろん濃い内容の番組もあると思うが、薄いと感じる番組に出会う傾向が年々高まっているように思う。
ちょっとタイトルを忘れてしまったのだが、正月に「昔話題になったニュースのその後を追った特番」をやっていた。「20年前には報道されなかった真実とは・・・」というのが面白そうだったので、ちょっと見てみた。
ところが「真実とは・・・」という部分が気になって見ているのに話が一向に進まない。「これ、いつ本題に入るんだ・・・」という感じで、結局30分中、25分ぐらいは話が前に進まず、最後の5分で話がようやく進みだすようなものだった。「いくらなんでも一つの話を引き伸ばしすぎだろう」というのが観終わった後の感想で、最後の5分を見るために25分も付き合わされたと感じてしまった。
結局、嫌気がさして1つ目の話が終わったところで、見るのを止めてしまった。「やっぱりテレビ見るのしんどいわ・・・」というのが見た後の感想だった。
あとは、朝食の時にテレビをつけているので朝の報道番組を見ることが多いが、その際に思うのも、とにかく1つ1つのニュースが長いということ。「このニュースを報道するのはいいけど、そこはどうでもいいだろう。」みたいな内容が多い。「関係ないところ掘り下げんでもいいだろう」みたいなことを思ってしまう。

2. CMの入り方にうんざりする

たまにテレビを見たときに感じるのはCMの入り方がだんだんエゲつなくなっているところ。
具体的には正月にやっていた「芸能界特技王決定戦 TEPPEN」というフジテレビの番組で、剣道の試合が放送されていた。
ぼんやりとしか覚えていないのだが、「1本とりそうなモーションに入った」→「CM」。「1本とったっぽいシーン」→「CM」みたいな感じで、やたらCMに入ってしまったのだ。「試合を途中で切るとか考えられない・・・・」ということを思ってしまうわけだが、視聴者の熱が上がったところに冷水をかぶせるようなことをして、視聴者は離れないんだろうか。
もう1つあったのは、内容がよくわからなくなるレベルでCMや番宣が入ってしまう番組。
チャンネルを変えられるのを防ぐためのテクニックだとは思うが、内容を楽しむのに支障をきたすようでは本末転倒なのではないだろうか。最近はこういう番組ばかりになってきた。

3. 自分の興味ないことが人気

極めて個人的な趣向の話だが。世の中の人気コンテンツは、やっぱり有名人のゴシップネタ。それから異常な事件とか出来事といったところだ。
これはテレビだけの話じゃなくネットも同じだが、自分にとってはあまり興味ないところなので、そこがコンテンツとして重点が置かれてしまうと、そもそもの興味が向かない。
テレビ局としては、視聴者が求めてるのだから、それに時間を割くのは当然だろう。ただ、自分はあまり興味が持てず、ほとんどのことが「知ったところでなんの役にもたたない」と思ってしまうので、こういった番組が多いというのもテレビを見ない要因にもなる。
やはり見たいコンテンツや欲しい情報が多様化している中、テレビにあわせてコンテンツを楽しむっていうのはなかなか難しいことではあるように思う。

4. テレビを見なくても困らない

上記のことからも、テレビを見ずに他のことに時間を使ったほうがいいだろうと思うようになった。
学生の頃は、ドラマを見てないと話題についていけなくなることもあったが、いまはそんなことはない。(というかいまの学生はどうなんだろう)
昨年はあまちゃんや半沢直樹ネタで知らないと世の中の話題についていけないって空気もあったようだが、これは例外と考えた方がよいだろう。
以上が私がテレビを見なくなった4つの理由だ。

たかじんの2009年の番組で言われていたこと

先日、「たかじん胸いっぱい」という番組で2009年4月に放送した「たかじん テレビ局をぶった斬る」という特集の回を見る機会があったが、4年近く前のことながら、ここで指摘されていた問題点はいまも続いているように思えた。
番組では、「お金をかけず内容は薄くする。でも視聴率は欲しいという考えがおかしい」「昔は放送作家が番組を作ってきたのに、コストカットでいまはあまり考えられない人間が作ってる」「お金のかかるVTRは削減され、スタジオ撮りの割合が増えている」といったことが指摘されていた。
お金をかけるべきところもカットしている現状があったようだ。
その中で「可もなく、不可もない司会者やメインの出演者ばかりになっている」という話もあった。

視聴者の目が厳しくなりすぎた?

ネットが普及したことで、ネットで問題発言や失敗を取り上げられ、あっという間に広まってしまったり、炎上してしまうようになってしまった。そのため、番組制作者はいつも監視されているような状態になってしまった。
2chまとめが登場したことで、その傾向はさらに強まっているだろう。それによって、萎縮してしまっている部分もあるのではないか。
そういったことからも、「問題発言をしない。ミスをおかさない」といった司会者やタレントが優遇されるという状況になっているのかもしれない。(まるで政治家の話のようだ)
ネットの反応を考えずとも、マスメディアはあらゆることに配慮しなくてはならない部分があり、それが年々厳しくなっているところもあるだろう。それによって保守的な番組作りが多くなり、当たり障りのない内容になってしまっているのかもしれない。

テレビという仕組みはこれからも成立するのか

理想をいえば、テレビがもっと内容の濃いコンテンツばかりになってくれればいいのにとは思う。
ただ、パソコン、スマートフォンの普及により時間の奪い合いは激化し、取得できる情報の増加により好みは多様化、さらに知られていない情報を出すことも難しくなっている現状、視聴者が納得するコンテンツを提供するのは難しくなっているのは間違いないだろう。
テレビという仕組みはこれからも成立するのか、新しい仕組みが生まれていくのだろうか。
みなさんはどう思うだろうか?そもそもテレビは見ているだろうか?

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Author
Web制作会社にデザイナー、ディレクターとして従事後、フリーを経て、現在は株式会社プレイドに所属。